鉋くず人

お得意さまとハガキ通信

ホ-ムニュ-スからハガキ通信にきりかえての78号

うれしい手ごたえがありました

会社にはお得意さまから励ましのお電話

現場ではお会いしたお得意さまから貴重なアドバイスも

いただきました

仕事をはなれたとても心のなごむハガキ通信と

喜んでいただいたようです

昭和ひとけた生まれのはしり書きが

いつでも皆様のお手元にあることの幸せを

感じながら継続していきたいと思います    

 

ありがとうございます

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わが家のみかん     Img_21621_2

                   

  

   

        

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昭和ひとけたはしり書き

           ブログで公開

読みから見る世代の中で38年間つづいた畠山ホ-ムニュ-スを休刊し

ブログで伝える準備期間の一年間も経過して、少しあわてながら公開に

踏み切り、形を変えて皆様にお届けできる継続の喜びと、又何時でもお

話合できる近距離に私共はおられることの幸せを感じながらブログを通

じて人と人との コミニュケ-ションを深めてゆくことの大切.さとこの街に

55年、物づくり人として生きてこられたことに感謝し皆様にご奉仕できる

ことこそ与えられた天職として日々生活の走り書きのメモ帳になれれば

と思っております。                

           九月の句

     秋水や野川たどれば深大寺

     祭り灯やビル街過ぎてひそとして         かんなくず人                                                                                                                                                                                                                                                                     

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終戦記念日

平成22年8月15日今日は太平洋戦争終戦以来65年の記念日

昭和20年の8月15日も今日みたいな熱い日だった。先生の指導

で山に入り、松の木の幹にV 形にカットして空き缶を下げて液を

取った。予科練に志願し卒業を待っていたが予科練の小隊が松

の根を堀り根を煮て松根油を造りB29を撃墜するんだと言っていた。

その日も私達は松の液を集めて学校に戻ったら先生方が泣いて

いた。そこで私共は終戦を知らされたが私15才進学を考えたが

父は昭和14年に戦死し働くことの大切さを教えてくれた。物づくり

人として60余年のわだちを感じる記念日でもあった。

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資産の管理

            建物解約後の管理

お得意さんで当社が建物から入居までのシステムで 大手の企業の家族寮

として32年間賃貸してきたが、この程゜解約が決定しこの際建物を解体して

更地にしたいと電話があったが、建物は耐用年数30年も残し解体するにも

一千万以上のお金が必要で、解体費を捻出してからでも遅くはないのでは

と話して管理会社を紹介し、家賃保障一括借り上げ方式で解体資金捻出

の計画を立て月収は減っても、将来の管理から考えれば得策と説明してき

ましたが、建物を立てたら最後まで管理するのが当社の仕事でもあります。

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                 工務店リフォ-ム

氾濫するリフォ-ムのチラシで毎朝ポストが重い。

チラシのリフォ-ムと私共の工務店リフォ-ムとの違いは、まず地域に住み

地域を良く知っていること、始めてのお得意さんでも何時かどこかでお会いして

いるなど。お得意さんとは納得のいくまでの打ち合わせをし、優先順位を決め

居住性と使いやすさの過程をしっかり伝え責任の持てる仕事内容で、そこに住み

そこにいて何時でも駆けつけられることこそ、工務店リフォ-ムの根源であると思う。

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お得意さん 1

                会長と呼ばれて

今日お得意さんの現場に廻ったら、監督さんも社長も大工さんも良くよくやって

くれると褒められた。ご主人が会長さんが見えたよといって奥さんを呼んでこられた。

実はこのお得意さんは以前から私を会長と呼び、あえて私も言い直さずにいた。

年齢からして後継者もいて仕事をしていれば、自然にお得意さんは会長と口にしていた

のかもしれないが、今日はやっと会長と呼ばれ素直に思わず 「はい」と返事が

できたのだった。    良いお得意さんと出合えたことに感謝しています。

                                      

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           30年ぶりのご挨拶

昭和55年に新築したお得意さんから工事の以来を受けて若い世代が引き継ぎ

工事を進めており、昨日現場にいってご主人とお会いしました。

20年ぶりかも知れないご主人はゴルフの上手な方で私も一度ご一緒したことがあります。

5年前ご近所で火災があり、鉄筋だったので延焼を免れ感謝されたこと.があります。

築30年のお住まいを見せて頂き当時を思い出し懐かしくおもいました。

二代に渡り工事を以来されたことに感謝しお得意さんの有難さを感じた一日でした。

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奥の細道

奥の細道で知られる南部岩手に生まれ6人兄弟の4男 

父は昭和14年に戦死して父の顔も知らない。

母子家庭としての母はきびしかった。

予科練を志願してまもなく終戦、戦争を知らない昭和ひとけた生まれ。

進学を希望したが家庭の事情の中で果たせず、当時徒弟制度の大工見習い

として棟梁に弟子いりをし、年期奉公6年を終えて柳行李ひとつで上京したが、

夢と現実の厳しさの中で転々と棟梁宅に住み込み東京の仕事を取得

   
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お国なまり 岩手・花巻

独立して始めての仕事は子供室の増築工事だった。

奥様は優しい方で毎日お茶を出してくれて嬉しかったが

只お茶を頂く時も団扇を使いながらいろいろなことを聞かれ

国なまりで話すことが苦痛だった。

いつか奥様がお茶を入れに立った時急いで饅頭を食べたら

喉につかえて笑われた。

後で聞いたら奥様も東北の方で僕の云うことが全部解っていた。

   

仕事を依頼されたことに感謝しながら独立して最初のお得意さんでした。

今でもお付き合いをさせて頂いております。

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